中小企業で社員が辞める「本当の理由」——感覚で察するマネジメントの限界

「最近どうも元気がない気がする」

その手応えだけを頼りに手を打ち、読みが外れたころに退職届が出てくる。中小企業の経営者から最も多く持ち込まれる悩みが、これだ。

社員が辞める理由は、賃金や仕事内容だけではない。厚生労働省の雇用動向調査でも、給与や労働条件と並んで「職場の人間関係」が、辞めた理由の上位に一貫して挙がっている。そして人間関係や裁量への不満は、退職時に口に出されにくいぶん、実際の比重は数字に表れた以上に大きいと考えられる。やっかいなのは、その理由が当人の口からも経営者の観察からも見えにくく、見えないものを感覚で察しようとすると対策が空振りすることだ。

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退職面談では建前しか出てこない

退職面談で挙がる理由は、ほとんどが一身上の都合かキャリアアップである。上司に相談できなかった、思うように裁量がなかった、評価に納得できなかった、といった本音は、口にすれば角が立つため、円満に辞めたい人ほど飲み込んでいく。

私が支援した会社にも、その典型があった。従業員30名ほどの卸売業で若手が立て続けに辞め、面談ではそろって前向きな転職理由を語っていた。ところが残った社員に話を聞くと、別の事情が出てくる。提案しても通らない、相談しても流される。要するに上司との関係である。賃金は同業より高かったため、経営者には理由がまるで分からなかった。辞めた人の言葉を並べているかぎり、答えにはたどり着けない。

しかも、これは辞めた人にかぎった話ではない。いま在籍している社員の本音は、さらに見えにくい。風通しがいいと自負する会社ほど、かえって危うい。風通しのよさは、言いにくいことを言える状態とは別のものだからだ。

感覚で察するマネジメントには限界がある

面談で本音が出ないなら日々の観察で補えばよい、と考えても、ここにも壁がある。感覚に頼ったマネジメントは、決まって三つのところでつまずく。

感覚で察する限界現場で起きること見落とす相手
見えている人しか見えない声の大きい人の変化にだけ気づくおとなしく辞める人
原因を取り違える給料への不満だと決めつけ、手当を足す関係が原因だった人
打ち手が場当たりになる効いたのかどうか確かめられない全員(検証できない)

テレワークが入ると、この弱点はさらに広がる。顔を合わせる回数が減り、表情や雑談といった、察するための手がかりそのものが減るからだ。見えないことへの不安から管理を強めれば、それは監視と受け取られ、関係はかえって細っていく。

本当の理由は因果でたどれる

本音が語られず観察も当てにならないなら、原因は結果のほうから逆にたどればよい。辞めるという結果から一段ずつさかのぼると、原因に名前がつく。

その出発点になるのが、ワーク・エンゲイジメント(仕事に対する活力・熱意・没頭の状態)である。厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」は、ワーク・エンゲイジメントが高い人ほど離職意向が低く、組織コミットメントが高い傾向を示している。つまり、離職の手前では、このエンゲイジメントの低下がしばしば先行する。

ではなぜ下がるのか。仕事の要求度−資源モデル(JD-Rモデル)によれば、仕事の裁量、上司や同僚からの支援、成長の機会といった「仕事の資源」が不足すると、エンゲイジメントは下がりやすくなる。原因をこの経路に沿ってたどると、次のように整理できる。

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エンゲイジメントの低下

仕事への「活力」「熱意」「没頭」が失われている状態。

なぜエンゲイジメントが下がるのか?

STEP
心理的・環境的要因の悪化

上司との関係性が切れている。

個人の裁量や有能感(成長の手応え)が欠けている。

さらにその上流の原因はあるか?

STEP
マネジメント行動の不足(根本原因)

上司による以下の行動が足りていない。例えば——

  • 「期待」を示す
  • 仕事の「意義」を伝える
  • 仕事を「任せる」
  • 意思決定に「参加させる」

エンゲイジメントが低い、というところで分析を止める会社は、打ち手も「エンゲイジメントを上げよう」という漠然としたものになる。一方、関係の経路が切れていて、その上流で任せる行動が足りていない、というところまで絞り込めれば、やるべきことは自然に決まる。感覚で察するマネジメントとの差は、ここにある。

社長との距離が近いから大丈夫、は本当か

「小さい会社だから社長と社員の距離が近く、本音は分かっている」

経営者からよく返ってくる言葉だが、距離が近いことと本音が見えることは別物である。

むしろ距離が近いほど、社長に面と向かって不満は言いにくい。逃げ場がないからだ。そのうえ「任せているつもり」「期待を伝えているつもり」という経営者の自己評価は、社員の実感とずれていることが多い。距離の近さは、そのずれをかえって覆い隠してしまう。

おわりに——察するのをやめて、確かめる

辞める理由は、面談でも、日々の観察でも、社長との距離の近さでも、確実には掴めない。掴むには、エンゲイジメントとその上流にある関係性・裁量・上司の行動をいったん測り、因果でたどって原因に名前をつける、という手順がいる。感覚の限界は、気合いや努力で埋まるものではなく、やり方を変えて越えるものだ。

自社のどこで経路が切れているかは、中にいるほど見えにくい。一度、外から測ってみるだけでも、打つべき手の精度は変わる。

稲上経営コンサルティングでは、組織診断から原因の特定、制度設計・運用定着までを一貫してご支援しています。社員が辞めるが何から手をつければいいか分からない、というご相談からで構いません。初回のご相談(60分・オンライン)は無料です。

出典・参考

  • 厚生労働省「雇用動向調査結果の概況」(転職入職者が前職を辞めた理由。給与・労働条件と並び「職場の人間関係」が上位)
  • 厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析(労働経済白書)」第2部(ワーク・エンゲイジメントと離職意向・組織コミットメントの関係)
  • Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). The Job Demands-Resources Model of Burnout. Journal of Applied Psychology.(JD-Rモデル:仕事の資源=裁量・支援・成長機会がエンゲイジメントを高める)
  • ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES/Schaufeli ほか、ユトレヒト大学)

執筆者

稲上 巧(いながみ たくみ)|稲上経営コンサルティング 代表 中小企業の採用・定着・育成・評価を中心に、これまで100社を超える組織づくりを支援。英国の経営大学院(MBA)にてリーダーシップやワーク・エンゲイジメントを研究し、アカデミアの研究知見とビジネス現場の実感を往復させながら、感覚に頼らない「行動起点マネジメント」の体系化を進めている。

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