また辞めた、また採用だ。これを繰り返している会社ほど、離職に本当はいくらかかっているのかを、金額でつかんでいない。採用費だけを見て、また30万円ほどか、と思っているうちは、流れ出ている額の全体像は見えてこない。
社員ひとりが辞めると、採用・教育・引き継ぎ・生産性の低下まで合わせて、おおむねその人の年収の0.5〜2倍がかかるとされる。職種や職位で幅は大きい。仮に年収500万円の社員が年に3人辞めれば、控えめに見ても750万円前後が、見えないところで流れ出している計算になる。
ただし、これは一般的な目安からの推定にすぎない。実際の額は会社ごとに違うので、自社の数字で精緻化してほしい。
内訳——大きいのは見えない部分
離職コストは、見えやすいものと見えにくいものに分かれる。代表的なものは次のとおりである。
| 区分 | 内訳 | 視認性 |
|---|---|---|
| 採用コスト | 求人媒体費・人材紹介手数料・面接にかかる人件費 | 見えやすい |
| 教育コスト | 研修・OJTにかかる時間と人件費 | やや見えにくい |
| 引き継ぎコスト | 退職者・後任・周囲が引き継ぎに割く時間 | 見えにくい |
| 生産性低下 | 欠員期間の業務停滞・残った社員の負荷増・士気低下 | 見えにくい |
| 隠れコスト | ノウハウ流出・顧客関係の毀損・連鎖退職 | ほぼ見えない |
真っ先に思い浮かべるのは採用コストだが、金額が大きいのは、生産性低下と隠れコストであることも多い。
従業員25名ほどのサービス業で、年に4〜5人が入れ替わるのが当たり前になっていた会社がある。経営者は採用費だけを見て、ひとりあたり数十万円、と捉えていた。ところが、引き継ぎに取られる時間、欠員のあいだ残った社員にかかるしわ寄せ、そして、この会社は大丈夫かという不安から起きる連鎖退職まで含めると、流れ出ていた額は見立ての何倍にもなっていた。連鎖退職はとくに重い。ひとりの離職が次の離職を呼びはじめると、採用費の比ではなくなる。
自社で概算してみる
概算なので難しい計算はいらない。まずは次の式で下限をつかむことが、判断の出発点になる。
年間離職コスト = 年間離職人数 × 1人あたり離職コスト
1人あたり離職コスト = 平均年収 × 補充係数(目安 0.5〜2.0)
補充係数は、職位が上がるほど、専門性が高いほど大きくなる。最初は保守的に0.5で置き、少なくともこれだけは流れ出ている、という下限を経営の数字に乗せておく。下限ですら、無視できない額になることがほとんどだ。
※係数はCascio(2006)やBoushey & Glynn(2012)などに基づき設定
採用を増やす前に、出口を塞ぐ
離職の多い会社の多くは、採用を強化して穴を埋めようとする。だが、ここに落とし穴がある。入口である採用をいくら広げても、出口である離職の原因が開いたままなら、水は漏れ続ける。
順番はこうだ。
- なぜ辞めるのかを特定する
- 特定した内容に対する対策を、最も効く一点に絞って打つ
- 測り直して、コストが下がったかを確かめる
離職をひとり分減らすことの金額インパクトは、多くの場合、採用ひとり分の費用を上回る。だから、原因を特定する投資は割に合うことが多い。穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるより、先に穴を塞ぐほうが安い、という話だ。
コストを出しても辞めるものは辞める、への答え
離職コストを計算したところで、辞める人は辞める。意味があるのか。そういう声もある。
だが、金額にする狙いは、辞める辞めないを直接動かすことではない。経営の優先順位を変えることにある。例えば、年に750万円が流れ出ていると数字で見えれば、原因特定や制度づくりへの支出が、なんとなくのコストではなく、合理的な投資として判断できる。離職は良くない、と漠然と思っているうちは予算がつかない。金額が見えれば、話は変わる。
おわりに
離職コストは、正確に出すことより、まず下限を金額でつかみ、経営判断の土俵に乗せることのほうが大事だ。そのうえで、採用を増やす前に出口を塞ぐ。この順番を守るだけで、同じ予算でも効き方がまるで変わってくる。
自社で実際にいくら漏れていて、その水漏れがどこから来ているのか。中からは案外つかみにくい。金額と原因をセットで見える化してみると、次に手をつける場所がはっきりする。
稲上経営コンサルティングでは、組織診断を通じて離職の原因を特定し、どこを直せば、どれだけの流出を抑えられるかまでご一緒に整理します。離職コストが気になるが何から手をつければいいか分からない、というご相談からで構いません。初回のご相談(60分・オンライン)は無料です。
出典・参考
- Heather Boushey & Sarah Jane Glynn, “There Are Significant Business Costs to Replacing Employees,” Center for American Progress (2012). 11の研究レビューにより、離職コストは年収の16%〜213%、多くの職種で中央値約21%、上級職・専門職ほど高い。
執筆者
稲上 巧(いながみ たくみ)|稲上経営コンサルティング 代表 中小企業の採用・定着・育成・評価を中心に、これまで100社を超える組織づくりを支援。英国の経営大学院(MBA)でリーダーシップとワーク・エンゲイジメントを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の実感を往復させながら、感覚に頼らない「行動起点マネジメント」の体系化を進めている。
