優秀な人ほど黙って辞める理由と、辞める前に出る「行動のサイン」

「まさか、あの人が」と、辞表を出されて初めて驚く。しかも辞めていくのは、いちばん抜けてほしくない優秀な人からだ。心当たりはないだろうか。

優秀な人が黙って辞めるのは、不満を口にするより先に、見切ってしまうからだ。見切る理由は給与ではないことが多い。多くの場合、裁量や成長、有能感が満たされないか、期待だけかけられて支援がないまま過負荷になるか、そのどちらかである。

目次

優秀な人が黙って辞める三つの理由

静かに去るのには、はっきりした理由がある。

黙って辞める理由現場で起きること背景にある欠如
言っても無駄だと学習提案・相談がぱたりと止まる過去に流された経験
市場価値が高く選択肢がある交渉せず、静かに次を決める引き止める隙を与えない
欲求が上のほうにある待遇が良くても離れる裁量・成長・意味の実感

裏を返せば、優秀な人ほど、任せてもらえないことや成長を感じられないことに敏感だということだ。人が仕事に活力を持てるのは、自律性・有能感・関係性という基本的な欲求が満たされているときだとされ(自己決定理論)、優秀な人はとりわけ自律性と有能感の欠如に反応しやすい。できる人に限って細かく管理したり、「君なら大丈夫」と期待だけ伝えて支援を欠いたりすると、静かに見切られていく。皮肉なことに、信頼して任せているつもりの放置が、過負荷と孤立を生んでいることも多い。

私が支援した会社にも、その例があった。従業員40名ほどのIT企業で、エースと呼ばれた中堅が突然辞めた。上司は「信頼して任せていたのに」と漏らした。だが本人にとっては、提案しても流され、相談しても流される日々だった。表向きは淡々と仕事をこなしていたから、誰も異変に気づかない。そうして、ある日静かに転職を決めていた。

辞める前に出る行動のサイン

本音は語られないが、行動には出る。次のような変化は要注意だ。

  • 会議で提案や発言が減る(以前から意見を出していた人ほど目立つ)
  • 仕事をきっちりこなすだけになり、それ以上は踏み込まなくなる
  • 相談や雑談が減り、報告が事務的になる
  • 残業をやめ、定時できっぱり線を引くようになる

ただし、これに気づけるのは、ふだんから見えている相手だけだ。おとなしく、まじめに変わっていく人ほど見落とす。テレワークが入れば、サインを拾う材料そのものが減っていく。

一般に、人はどういう流れで辞めるのか

行動のサインは役に立つが、気づいたときにはもう手遅れということも多い。サインが表に出るのは、すでに見切りが進んだ後だからだ。だから、察するだけでなく、辞めるまでの流れをさかのぼって構造で捉えたい。

離職研究では、人が辞めるまでの道筋はおおむね次のように描かれてきた。職務への満足やコミットメントが下がり、辞めようかと考え、他社の選択肢を探し、離職意図が固まり、最後に離職へ至る(Mobley, 1977)。このうち、実際の離職に最も近い予測因子は離職意図である。優秀な人ほど他社からの選択肢が多く、その職場に留まる理由(ジョブ・エンベデッドネス)も弱いため、不満を声にする段階を飛ばして、意図から離職へ一気に進みやすい(Mitchell et al., 2001)。これが、優秀な人ほど黙って辞めるという現象の中身だ。

では、その上流には何があるのか。エンゲイジメントの低下をたどると、裁量・有能感・仕事の意味の実感(心理的エンパワーメント)の欠如、あるいは過負荷に行き着く。さらにその上流には、それらを左右する上司の行動がある。

STEP
上司の行動(裁量・支援・意味・期待)が欠ける、または過負荷

STEP
心理的エンパワーメント(裁量・有能感・意味)の欠如/疲弊

STEP
ワーク・エンゲイジメント・職務満足・コミットメントの低下

※一般的に優秀な人は選択肢が多い傾向にあり、留まる理由も弱い

STEP
離職意図の高まり(実際の離職に最も近い予測因子)

STEP
離職(声を上げずに進む)

「優秀な人が辞めそうだ」で止めない。裁量の経路が切れ、その上流で任せる行動が足りていない。そこまで絞り込めれば、離職意図が固まる前に手を打てる。サインに気づいてから慌てるのではなく、サインが出る前の構造に手を入れるということだ。

「優秀な人が辞めそうだ」で止めない。裁量の経路が切れていて、その上流では任せる行動が足りていない。そこまで絞り込めれば、辞める前に手を打てる。サインに気づいてから慌てるのではなく、サインが出る前の構造に手を入れる、ということだ。

「優秀な人が抜けるのは仕方ない」への答え

優秀な人ほど引き合いが多いのだから、多少抜けるのは仕方ない。そういう見方もある。

たしかに、転職そのものをゼロにはできない。だが、私が問題にしているのは、防げたはずの離職のほうだ。給与を理由に大企業へ移るのは止めにくい。けれど、任せてもらえない、成長が見えないという理由での離職は、上司の行動の設計しだいで相当に防げる。仕方ないと諦める前に、防げる離職まで仕方ないことにしていないか、一度確かめておきたい。

おわりに——まず、自分の認識を確かめる

経営者が「ちゃんと任せている」と思っていても、できる社員の実感はたいてい違う。この認識のズレが、優秀な人の離職を見えなくしている。引き止めの第一歩は、待遇の見直しではなく、自分の認識と現場の実感のズレをつかむことだ。

優秀な人の離職は、辞表が出てからでは遅い。いま誰の足が外を向きかけているのかは、中からは見えづらい。先に測っておけば、まだ間に合う段階で気づける。

稲上経営コンサルティングでは、組織診断を通じて、どの行動が欠け、誰の定着が危ういかを可視化し、対策までご一緒に設計します。優秀な人から辞めていくが原因が分からない、というご相談からで構いません。初回のご相談(60分・オンライン)は無料です。

出典・参考

  • Mobley, W. H. (1977). Intermediate Linkages in the Relationship Between Job Satisfaction and Employee Turnover. Journal of Applied Psychology, 62(2), 237–240.(離職プロセス:不満→退職検討→代替案探索→離職意図→離職。離職意図が最も近い予測因子)
  • Mitchell, T. R., Holtom, B. C., Lee, T. W., Sablynski, C. J., & Erez, M. (2001). Why People Stay: Using Job Embeddedness to Predict Voluntary Turnover. Academy of Management Journal, 44(6), 1102–1121.(人が留まる理由=ジョブ・エンベデッドネス。満足・代替案を統制しても離職を予測)
  • Spreitzer, G. M. (1995). Psychological Empowerment in the Workplace. Academy of Management Journal, 38(5), 1442–1465.(心理的エンパワーメント:有意味感・有能感・自己決定・影響)
  • Deci, E. L. & Ryan, R. M. 自己決定理論(Self-Determination Theory)。自律性・有能感・関係性の3欲求が満たされると内発的動機づけが高まる。

執筆者

稲上 巧(いながみ たくみ)|稲上経営コンサルティング 代表 中小企業の採用・定着・育成・評価を中心に、これまで100社を超える組織づくりを支援。英国の経営大学院(MBA)でリーダーシップとワーク・エンゲイジメントを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の実感を往復させながら、感覚に頼らない「行動起点マネジメント」の体系化を進めている。

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